「愚かなり我が心」と「ひょこひょこおじさん」について

サリンジャーの短編小説「コネティカットのひょこひょこおじさん」は、「愚かなり我が心」というタイトルで1949年に映画化されている。

"コネチカットのひょこひょこおじさん" っていったい何?というのが最初の感想。

原題は、「uncle  wiggly in  connecticut」

wigglyが“揺れ動く”、“くねくね”、“モゾモゾ”等の意味なのに何で“ひょこひょこ”?と思ったが、“ひょこひょこ”は小刻みに跳ねることを意味するオノマトペだった。

要するに、コネティカットの小刻みに跳ねるおじさんってこと。

訳者によっては“よろめき”とか“グラグラ”と訳している物もあるが、“ひょこひょこ”の方がインパクトはある。

この「ひょこひょこおじさん」の意味は、主人公のエロイーズが転んで足首を痛めた時に恋人のウォルトが言ったジョークで、足首のアンクルと叔父さんのアンクルをかけている。

足首がくねくねしたから転んだ→アンクルがウィグリー→ひょこひょこおじさんという意味らしい。

 

映画館

 

原作が「コネティカットのひょこひょこおじさん」だとは知らずに映画を観賞したがとても面白かった。

おもしろいといってもコメディではなく、この時代にありがちなメロドラマだが。

 

「愚かなり我が心」 

原題は「My Foolish Heart」原題と同名の主題歌も流行った。

この映画の簡単なあらすじはこんな感じ。

主人公のエロイーズはパーティーで出会ったウォルトと恋に落ちるが、戦争が2人を引き離す。エロイーズは妊娠したがウォルトは亡くなってしまう。

親友のメリージェーンの恋人ルーはエロイーズに夢中。それをいいことに好きでもないのに結婚してしまう。ウォルトの子供を妊娠したまま…

タイトルの「愚かなり我が心」とは、自暴自棄になり好きでもない親友の恋人を奪い結婚したことを後悔しているということかな。

 

 

サリンジャーは出来上がった映画に満足しなかったそうだ。

原作でサリンジャーが伝えたかった物とは別物に仕上がったのだと思う。

この作品は短編なので、映画化するために原作にないシーンやキャラクターを追加している。

「ひょこひょこおじさん」と言った彼との出会いから別れまでの回想シーンが加わり原作ではわかりづらかった部分が分かりやすくなっている。

私は映画を見てから小説を読んだので全く違和感なかったが、先に小説を読んでいたら違った感想だった。

小説を読む前に映画を観た方がいいと思った。その方が理解が深まる。

 

小説

小説の映画化は難しい。

本は登場人物や心情を想像しながら読むので、自分だけの映像作品がすでにできあがっている。

だから映画を見てイメージと違うとか、解釈が違うとか不満がでる。

主人公のエロイーズをスーザンヘイワードが演じたが、これはイメージ通りだった。

恋人のウォルトは想像と違った。

とこんな感じで。

 

ノートとペン

タイトルも「コネティカットのひょこひょこおじさん」と「愚かなり我が心」では印象がだいぶ違う。

「愚かなり我が心」はタイトルとストーリーが合致しているが、「コネティカットのひょこひょこおじさん」がこんな感傷的なストーリーだとは想像しにくい。

もしかしたらサリンジャーが一番に伝えたかったのは“ひょこひょこおじさん”の部分で、うまいこと思い付いたダジャレを披露したかっただけなのでは? 

そんなわけないか。

 

 

\こんなことも書いています/

jibumi.hateblo.jp